この絵は、HBギャラリーで昨年12月におこなわれた企画展「富士十六景展」に出品したものです。16人のイラストレーターが富士山を描くというものでしたが、まー、富士山ってものは、非常にムツカシイ画題なんですよね。古今、富士山の絵はたっくさん描かれてきましたが、たいてい失敗に終わってるんじゃないでしょうか。横山大観も量産してるけどその多くはつまらない。富岡鉄斎の富士山は好き。あと、富士山といえばやはり葛飾北斎「富嶽三十六景」。これは傑作。でも、富士山をドーン!と大きく描いたのは数点だけ(しかも何かしらの工夫がされている)あとは、遠景に富士山があるものばかり。つまり、富士山というのは、実際見るのは綺麗だけど、そのまま絵にしてもおもしろくもなんともない山だということです。
絵にそえた文章にこう書きました。「富士山は難題である。なので逃げた。成績不振の横綱日馬富士と師匠の伊勢ヶ濱親方(第63代横綱・旭富士)が反省会をしている店に、北の富士(第52代横綱・NHK専属相撲解説者)が立ち寄り、声をかけようかどうか逡巡している図。絵の内容が決まってホッとしているとちょうど11月場所がはじまり、どういうわけだか今場所の日馬富士は絶好調。千秋楽まえに〆切りがあるので結果はわからないけど、今場所は反省会でなくて祝勝会かもネ!」
実際、日馬富士は優勝。絵にかいた結果とは違ってしまったけど、わたしは相撲ファンなのでうれしい。足首のケガさえなければ、ほんとうは弱い横綱ではない。「2場所連続で優勝すれば横綱昇進というのであれば横審はいらない」などと発言する横審の内館牧子(稀勢の里にも同じこと言うのかね?)をも黙らせる二場所連続全勝優勝の快挙で横綱昇進を決めている。今場所も足首を悪化させて休場。旭富士は短命横綱の印象があるけど、それは優勝未経験の双羽黒を横綱に昇進させたはいいが問題おこして廃業、という事件のあおりをもろに食らって、本来なら横綱になってもおかしくない成績を残しながら、大関にとどまらさせられたためだ。ちなみに双羽黒はわたしの小学校と中学校の先輩にあたり、応援していたのがだが…しかし、今は双羽黒より当時の立浪親方に問題があったといわれている。その証拠に双羽黒は今は現、立浪部屋のアドバイザーもしているという。舞の海、琴錦(現、秀ノ山親方)などは解説がとてもうまい。最近では北勝力(現、谷川親方)などが独特の解説をして、これもまたおもしろい。しかし、北の富士勝昭の解説は別格である。解説を超えた話芸であり、なげやりにも聞こえる会話の「間」がとてもいい。他の解説者がマジメに解説しているのと対照的に、好き勝手に発言していい境地を独占している。発言はウィキペディアにはいくつか記録されているが、なんど読んでもおもしろい。また大相撲中継は、ベテランアナウンサーと解説者、向こう正面の解説者間でのやりとりも楽しみのひとつである。きのうはゲストにデーモン閣下が呼ばれていたが、さすがと言わざるをえないトーク(大相撲のゲストのときは悪魔を忘れてほぼ敬語で話している)を堪能した。毎場所呼んでほしいものだ。北の富士勝昭ウィキペディアで解説の一端がうかがえる
「たばこと塩の博物館」で先月開催されていたTISの展覧会「わたしの句読点2・食いろいろ」に出品した作品です。食にまつわる絵を描くということで、わたしは池波正太郎を描きました。タイトルは『食卓の情景』絵に添えた一文にはこう書きました。
テーマを聞いたときから、これと決めていた。池波正太郎さんの食べものと人生を絡ませたエッセイは
「なんど読んでも飽きない。」
のである。
とくに「食卓の情景」は十回は読んだだろう。池波さんの本を読んだあとは、かならず
「ちゃんと、生きよう…。」
と思うのだ。そして生きるためには食わねばならぬのである。
ーとまぁ、池波さんの文体の真似をしてみたのですが、ヘタクソでお恥ずかしいです。後ろで覗いている人は誰ですか?とよく質問をうけましたが(今まで、有名人が有名人をのぞいている絵をよく描いてましたので)あの人はただのそば屋の主人です。
高橋由一展を見てきた。おなじみの愉快な静物画以外にも、いろんな絵がありおどろきだった。日本ではじめて本格的に油絵を描きはじめたという人であるが、西洋の真似をするよりも「日本人のワシが油絵を描いたらどんな絵が描けるのか試してみる!」というような心意気を全体的に感じられ、そこが高橋由ならではのおもしろさだと思う。由一の時代、ヨーロッパでは印象派がはじまっていたが、そんなことは知らないはずの由一の絵の中に印象派のような絵がある。印象派は日本の絵から非常に影響を受けたわけだが、コースは逆であるが同じようなことを由一もやっていた。この時代はそれぞれの地域の中で発達してきた絵画が国を超えて混ざりはじめた頃だった。日本と西洋をまぜこぜする実験をかたや西では印象派がかたや極東では由一がやっていた。絵画史の最先端に立っていた前衛の画家である。「近代洋画の開拓者」などという呼び方では、日本では始祖的な存在であるが、世界的に見れば後進国のリーダーのような感じでなんだかさみしい。とくにこの隅田川の夜景はこの展覧会の中でも随一の美しさで、なのに図録には小さくしか載っていなくて残念。がんばってでかい解像度でスキャンしたから是非クリックしてほしい。よかったら是非ほんものを見に行って欲しい。
江戸から明治になったとき、由一は40歳だった。つまり由一は明治人ではなく江戸人だった。さきほどの日本と西洋をまぜこぜする場合、この江戸人ということが重要なポイントである。江戸人高橋由一が油絵を描くからおもしろい絵ができあがった。次の世代になると実際に留学をしてしまうから、圧倒的に影響されちゃって、由一のようなおもしろい結果がでない。逆に西洋の古い絵の真似などをはじめてしまう。そして彼らはとてもウマい。僕は由一のちょっとヘタなところが好きだし、そこが新しさなのに。そう、時代は「絵はヘタでもいいじゃないか」というところにさしかかっていた頃でもあった。
ゴッホが広重の浮世絵の構図を取り入れようとしていた、その10年ほど前には由一もおなじような実験をしている。さきほどの雪景色の絵もそうだが手前に植物などを大きく配する絵を由一はよく描いている。由一は広重が好きだったようだ。あと、由一はゴッホと同じくミレーの絵を模写しているのもおもしろい。広重とミレー、すごい偶然、いや、優れた頭脳に立つアンテナはインターネットなど必要としないということか。下の絵は由一の模写したミレーである。おまけとして僕の「高橋由一の肖像」を載せてみる。残念ながら「お豆腐」の絵は出品されていなかった。この「高橋由一の肖像」もおさめられた画集「画家の肖像」はハモニカブックスより発売中!(結局、宣伝か!)「ハモニカブックス」はこちらどえす!
僕にとって「クレイジーキャッツ」は「ビートルズ」よりも重要なバンドであることに間違いはない。植木等さんの歌を口ずさむと、自分までもが運や天を見方にできる気になるし、たとえ失敗しても、♬そんなこたぁ、どーでもいいじゃねぇか♪と開きなおれる。特に植木等さんの笑顔がいいんですよね。
この絵は今日(8/30)からはじまるTIS(東京イラストレーターズ・ソサエティ)の恒例のG8展に出した絵です。今年は「スマイル」がテーマです。本秀康さんのポスターがかわいいです。
「スマイル」展はコチラです