女もすなり益荒男日本史1
すでに終わった連載の絵を載せまする。UCカードの会員誌「てんとう虫」で連載されていた泉秀樹さんの「女もすなり益荒男日本史」に付けていた絵です。

すでに終わった連載の絵を載せまする。UCカードの会員誌「てんとう虫」で連載されていた泉秀樹さんの「女もすなり益荒男日本史」に付けていた絵です。
私はラジオを聞きながら絵は描けますが、ラジオを聞きながら文章は書けません。絵と文章では頭の使う部分が違うというのがよくわかります。
講談社の「ベストカー」(日本で最も発行部数の多い車の雑誌だという)で連載されている藤田宜永さんのエッセイに絵を添えています。タイトルは『僕のおしゃべりは病気です』。藤田宜永さんは、長髪にサングラス、ロッカー風ないでたち……にもかかわらず、文壇一のおしゃべり男であるらしいのです。連載が始まって半年が過ぎたので、「このへんで顔合わせを……」という担当さんの提案で、先月だったか藤田さんと担当さんと六本木でお会いする機会がありました。藤田さんは普段は軽井沢に住んでおられるのですが、六本木には事務所があるそうです。僕がお店に行くとすでに担当さんは来てました。これから藤田さんが来られるのかと思うと緊張します。
この連載はおしゃべりの楽しさを説くエッセイなので、読んでいると藤田さんの気さくな人柄も伝わってくるのですが、やはり御本人に会うというのは緊張します。約束の時間に藤田さんはやってきました。写真で見る通りのロッカースタイル。背が高くて足が細い!昼間は講演会で夏目漱石についてしゃべりたおしてきたという藤田さん、座談の名手のリードによって酒席は和やかに始まりました。
担当さんは藤田さんのおしゃべりに反応しながらも、連載に使えそうなことをメモったりしています。プロです。僕の立場は何をするべきなのか。おしゃべりを聞いているだけでいいのか。おしゃべりはお互いしゃべりたいことを言って盛り上がるのが楽しいので、藤田さんもきっと独演会にしたいわけではないはず。よし!僕も何かしゃべろう。そのためには、まずは酒。自分は日本酒が一番酔いやすいので、グラスに三杯くらいいきました。
酔ってきた僕は、藤田さんを目の前にした時の第一印象を伝えました。「藤田さんの似顔絵を描くときに、画像検索してるんですけどね、最近の藤田さんはちょっとオバさんっぽい感じがあったんですが、いや、実際お会いしてみるとすごくワイルドでカッコイイです!」
あえて失礼なことを言った方が懐に入りやすいんじゃないかと思って……。
「ひやひやしましたよ」と後で担当さんが言ってましたが、藤田さんは僕の失礼も喜んで受けてくれました。二軒目のバーではさらに酔いも回り、「私、今小説すばるでエッセイ書いてるんですけど、文章書くってホント難しいです」などと直木賞作家と文章について話す機会を得たいがために、ぽっと出駆け出しの分際で、そんなアピールをしてみたり……。とにかく何を言っても確実に受けてくれる安心感が藤田さんにはあるので、ついつい失礼を重ねてしまう夜なのでした。
以上。藤田さんと飲んだという自慢話オワリ!
毎週ブログを更新すると決めてしまったので、仕方なく今週も更新します。
アクセス数も横ばいで、いつまでたっても無名なまま。有名になりたいなんて気持ちはとうに消えてしまったけど、それでも業界で生き残っていくには、ある程度名が知られていないと、仕事を頼むときに思い出してももらえない。
それに有名だと何かしら楽なところもあるのではないかと推測する。あつかいや何かの面で。
先日もとある展示のオープニングに行ったときに、平澤一平さんがそこにいた若いイラストレーター(女性)に
「あ、〇〇ちゃん、紹介するよ、伊野くんです、知ってるでしょ?」と紹介してくださったが「知りません」とにべもないお返事だった。
(いくら興味がなくても、せめて本人を目の前にしたら「すみません、存じ上げなくて。私〇〇と申します」くらい言うのがそういう時の八百長ではないんかい……)と内心では思ったが、自分の口からは
「いえ、知らなくて当然です。知ってる方がおかしいです。私は、無名な人間なので」という言葉がスラスラ出てきた。逆にペコペコ頭を下げておいた。
きっとこちらの内心などはバレバレだろうし、よくある出会いの一例にすぎないようなことも、サラッと流せない自分のこのウザイ性格が、ほとほと嫌なのであるが、同じ業界の若手にも認知されていないようでは、まだまだオレも頑張らねばならない……という燃料にもなるのである。
はい、今週の枕はこれにて終わり。書かなくてもいいことまで書いて、余計に人気がなくなっちゃうよ……。今週はずいぶん前に描いた絵を載せます。去年の仕事です。主婦の友社から出ている「頭のいい子を育てる」シリーズ。今回の本は『お姫様や魔女がいっぱいでてくるおはなし』です。絵は『照手姫と餓鬼阿弥』より。
もう一つはギリシャ神話より『アドリアネーの糸』です。
どちらもプリンセスが主役のお話です。はい、そんなわけで今週はネタに困ったから、アップする機会を失っていたものでお茶を濁しました。
ついでに告知。大阪の「オソブランコ」さんで『一筆箋展』が開催されています(台湾にも巡回するってさ)。私以外の参加者の皆さん、クォリティ高いです。「リソグラフ」という印刷機を使って作るのです。そうするといい感じのチープな出来になるのです。上が仕上がりで、下がデータ。ちょっと青の指定が濃すぎたな。
クリエイションギャラリーG8〒104-8001 東京都中央区銀座8-4-17 リクルートGINZA8ビル1F TEL 03-6835-2260
11:00 ~ 19:00 日・祝日休館 入場無料
「サザエさん」って本当いつ見ても最高!あ、もちろん漫画の方ね。今月号の芸術新潮は『こんなに凄かった!長谷川町子と「サザエさん」』特集で、長谷川町子てどんな人だったかがなんとなくわかるけど、町子さん、なかなか怖そうです。へぇ〜、と思うこと多々あり。これは買って読むしかないでしょう。
子曰く「三十にして立つ」と。大げさに言うと自分の思想のようなものが固まるのがこの時期だとすると、当たっていなくもないですね。自分が何者なのかようやく気付き始める頃が三十……。
小説すばるで連載中の「ぼくの神保町物語 イラストレーターの自画像」、7回目の今回は西暦2000年〜2002年頃の話。私は29歳〜31歳。タイトルは「三十にして立つ」をもじって「三十にして笑う」です。
初めての仕事を経験したり、売り込みに行っても相手にされなかったり、いろいろ世の中に揉まれるうちに、ちょっとはあった自信もおおかた消えてしまい、ついでに自分もこのまま消えたいような悩みのどん底にいたわけでございます。
もう、そんな惨めな自分を笑うしかないな、という意味の「三十にして笑う」なのでした。でも、この自分を笑うという態度が、今の「絵で人を笑わせたい」という姿勢につながっているので、振り返って見れば、雨降って地固まる的な意味合いがあったわけです。でも渦中にいる当時はそんなことわかりませんからね。「三十にして笑う」というタイトルと共に微笑む女性は、明治大学刑事博物館におわします〈鉄の処女〉の鉄子さんです。人間を処刑する道具です。
私のデビュー作は地方紙の新聞小説の挿絵!しかし原稿料は ナ、ナ、ナント1点2000円!
たまにこういう街の様子も入れないとね。神保町物語だから。実際の風景と心象風景が重なるように。
7回目にしてようやく、文章の書き方が少しわかってきたような……いや、錯覚かな?この連載は私のエッセイデビュー作でもありますので、文章って難しいものだなと実感すること多しです。でも、人並みの原稿料はいただいてます。さすが天下の集英社です。