伊野孝行のブログ

東海道五十三次その④

日本薬師堂でサプリメントを買うと、いっしょに送られてくる販売促進おまけカード「東海道五十三次」のつづき。ブログのネタに困るとチョイ出ししております。三十宿「舞阪宿」三十一宿「荒井宿」三十二宿「白須賀宿」三十三宿「二川宿」三十三宿「吉田宿」三十五宿「御油宿」三十六宿「赤坂宿」三十七宿「藤川宿」三十八宿「岡崎宿」三十九宿「池鯉鮒宿」

はい、今回はここまで。今までのは下記をクリックすると見られます。
東海道五十三次その①
東海道五十三次その②
東海道五十三次その③

浮世絵の当時の値段というのは、かけ蕎麦一杯くらいのもので、今のお金にすると、小さいサイズなら160円大判なら400円くらいで売られていたという。しかも当然全工程職人によるオール手作業、和紙使用。今じゃポストカードでも150円しまっせ。

でも昔の版画は今の印刷のかわりだったわけだから、値段の感覚は近い。文明が開化し印刷技術が進歩すると、版画というものは芸術になった。

さて、現代の版画芸術イラストレーター、森英二郎さんの展覧会が人形町ヴィジョンズで来週6月17日からはじまる。このブログでは自分がかかわる展覧会の情報しか宣伝しない、というセコい決まり事でやっているのだが、今回は特別だ。森さん(私の母親と同い年)が老骨にむち打って必死にがんばっているらしい。くわしくはコチラをクリック↓
Vision’s presents The Illustrator’s Gallery Vol.2「子規と荷風 森英二郎+浜野史子」

実はこの展覧会、わたしとは無関係ではない。3ヶ月後、ここのギャラリーで展示(二人展)をやることになっているのだ!おなじくヴィジョンズの企画展であるが、近代文学者シリーズとはちがうテーマでやらされる、もとい、やらせていただく。詳細はまたおいおい。わたしの展覧会の下見がてら、是非人形町におでかけしていただきたい。わたしも髪の毛をかきむしりながらがんばっているところです。

世界満腹食べ歩き2

小説現代5月号(つまり、もう店頭にない号)で岡崎大五さんの「世界満腹食べ歩き」に描いた絵から。第2回目は「日式ハマグリと北朝鮮の喜び組」というタイトル。岡崎さんが中国東北部に旅行したときのおはなしです。中国の大連から、北朝鮮国境の丹東という街へ旅をする。扉絵に描いたのは丹東の「北朝鮮レストラン」である。岡崎さんがたのんだガイドの閻(えん)さんによれば、ウェイトレス全員があの「喜び組」だという。ほんまかいな?と岡崎さんが半信半疑で入ったレストランの様子を、わたしの念力で想像して描いた。

念力だけでは描けないので、画像検索もするのだが、丹東の北朝鮮レストランには、中国と北朝鮮の国旗が並んで飾られているようだ。

なにせ、ここは鴨緑江(おうりょくこう)という川をはさんで、北朝鮮のすぐとなり。鴨緑江は大きな川だが、20キロほど上流には川幅数メートルの「一歩またぎ」といわれる国境さえある。さて、その鴨緑江の下流ではハマグリの養殖が盛んである。

ガイドの閻さんは…

「ハマグリ、美味しいよ。すぐそこの鴨緑江で採れたものさ。戦前に日本の霞ヶ浦から持ち込まれた。ワカサギも入ってきたけど全滅し、残ったのがハマグリだった。だからこの料理も日式(日本風)かな」といいつつ岡崎さんの払いなのに「どんどん食べてよ」と勧めるのであった。

ちなみに中国産のハマグリは日本で流通の98%を占めており、鴨緑江産ハマグリを採っているのは北朝鮮の人だという。人件費が安いから。

海水と淡水の汽水域で、なおかつ中国と北朝鮮の混じりあう土地でもあり、そこで日本からもちこまれたハマグリを育てて食べている…おもしろい。

ところで、アサリなんかをスーパーで買って来て、砂抜きをさせるために、塩水の中に入れる。そうすると舌をだして動きだしますよね。あれ見てるの好きなんだけど、ついホトケごころが出て、食べるのかわいそうになっちゃうなぁ。結局食べますけどね。

迷君に候/G2

新潮文庫アンソロジー「迷君に候」のカバーを描いた。新潮文庫の時代小説アンソロジーは前にも「まんぷく長屋」というのを描いたことがあるが、とにかくアンソロジーは原稿を読むのが楽しい!傑作ぞろいなんだから。縄田一男さんの選び方もとてもおもしろい。個人的には、前から読んでみたかった菊池寛の「忠直卿行状記」をこのバカ殿アンソロジーで読めてうれしかった。

カバーの絵は思いっきりバカ殿だが、内容はシリアスなものが多い。「忠直卿行状記」も家臣をだんだん信じられなくなって、狂乱の度合いを増す孤独でやるせない殿様の悲劇だ。まっこと名作である。

アンソロジーは買って損なし。みなさまも是非一読を。

さてもうひとつお知らせ。このすばらしい表紙の絵は残念ながら私の絵ではない。中村隆さんの絵だ。講談社のノンフィクションの雑誌「G2」が19号をもって最終号になる。最終号の編集人をまかされた青木肇さんが巻頭言で次のように語る。

〈最終号となる「G2」第19号の編集を任された時、窮鼠は窮鼠なりに幾ばくかの「風」を引き起こそうと、自分がやりたいことは誌面を使って徹底的にやってやろうと考えた。雑「誌」とは志を言(ことば)で語るものだと思うから。〉

またこんなことも

〈装幀や誌面を、憧れの雑誌、米国の『ザ・ニューヨーカー』に少しでも近づけようと努めた(もちろん予算やプライドなどの諸事情により「全然似ていない」とも言える。〉

編集者の方がビジュアルに凝ってくれるのはイラストレーターとしては大変にうれしい。「G2」最終号だけをデザインした日下潤一さんは「ノリノリで作ってる」と言っていたが、この表紙を見て納得。表紙がタイトルと絵だけなんて、青木さんの思い切りもうれしい。

わたしは佐々木実さんの「強欲資本主義の誕生」という文章の扉を描いてます。佐々木実さんは『市場と権力「改革」に憑かれた経済学者の肖像』という本で新潮ドキュメント賞と大宅壮一ノンフィクション賞をW授賞されてる方で、ちなみにその本のカバーはわたしが描いてまんねん。さて「G2」は今号で終わりですが、〈ノンフィクションの可能性について検討を続けた上で、2016年1月に新たな形で再出発する予定です。〉とのこと。いつか表紙を描きたいものである。

ヘタよりうまいものはなし

福音館書店の「母の友」に描いた挿絵から。「お父さんという生きもの」という特集。「イクメンという言葉が飛び交う昨今ですが、父親の真の役割とはなんなのでしょう。京都大学総長で霊長類学者の山極寿一さんや、落語家の春風亭一之輔さんにお話をうかがいます」という内容でした。それぞれの家庭での父親のありかたを、仕事帰りのおとうさんがしゃべってます…という設定で記事はすすみます。もりあがってきちゃって、ちょっとこぜりあいに。ケンカするのも仲がいいからね。落語にみる父と子ども。この絵は「初天神」。この絵は「子別れ」。この絵は「雛鍔」。
さて、今回は「ヘタうま」で行こうと思って描いたのですが、なんと難しいことでしょう。「ヘタうま」の表記は「ヘタ」がカタカナで、「うま」がひらがなです。湯村輝彦さんがそう書いているので、それが正しいのです。
リアリズムの方向で感じを出すのと、形をくずす方向でニュアンスを出すのと、どっちがむつかしいかと言えば、そりゃ、ヘタに描く方でしょう。
リアリズムの方向でいくのなら、なにせ元になる形はそこにあるわけですからね。形をくずすのは「当たり前」を裏切らないといけない。当たり前から開放されるから、ヘタな絵は気持ちいいのかもしれない。
落書きで描いてる時なんか、気持ちがスーッと出ていい形やいい線になることもあるけど、仕事だと、どこかに力がはいって硬くなるんですよね。ほとんどダメだなぁ。この仕事もぜんぜんうまく(ヘタに)いってない。
上手に描くのも大変なことだけど、絵は努力で解決できるもんじゃない、って思います。脱力。無意識。わたしはわたしを忘れたい。

 

 

ちくちく美術部・他

断固毎週火曜日更新!などと言っておきながら、先週はGWまっただ中ということもあって、さぼってしまった。自分で決めてるだけの約束事だから、さぼってもどうということもないし、反応もないから、いっそ半年くらい更新しなくてもいいんではないか…と思ったりもするが、なにはともあれコツコツやるしか能がないのでしばらく続けてみよう。

芸術新潮で連載がはじまっている。「ちくちく美術部」というマンガによる展評だ。フキダシの中のセリフを抜いた状態でお見せしよう。今、本屋に並んでいるからよかったらお読みください。わたし一人でやるのではなく、アートテラーの”とに〜”さんといっしょにやっています。(アートテラーとはアートの語りべのことで、この職業は本人曰く、世界で一人しかいないという…。とに〜氏は元吉本芸人という経歴。お会いしたらたいへんな好青年でした。)

副編集長のT氏から「とに〜さんといっしょにマンガで展評やりませんか?ちくちくするやつやりたいな〜」とそそのかされてはじまった。わたしはなにも好きこのんで悪名を売りたいわけではない。

いや、別にちくちく言うことが本義ではなく、自分の眼と脳をとおして見た感想をのべているだけのことです。わたしの場合は自分も絵を描くから「そんなこと言ってるオマエはどーなんだよ」というツッコミは必ず入る…余計に言いにくいっちゅーの!

以前、あるライターの方がこんなことを言っていた。「昔は編集者から、コレ(本、CD、映画、芝居、展覧会など…)を見て好きなように書いてくださいって言われてたのに、今は、コレをいいように紹介してください、と言われる。」と。広告掲載料大事のためか、はたまた広報の台頭か。いずれにしろ読者がおいてきぼりになって、雑誌から読み応えがなくなってはつまらない。

今はネットでみんなが意見を発表できる時代だけど、雑誌ならではの切り口や書き手の芸でもって、払ったお金以上の楽しみを読者様にお返ししたい、そんな気持ちでやっていきます。どうぞよろしく。

さて、ちょっと前にお知らせした「妄想ロックTシャツ」が通販で買えるとな!

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帽子に眼鏡というわたしと同じ格好のモデルさんだが、着た雰囲気が自分とはまるでちがう。やはりわたしのTシャツはおしゃれではない…。

阿部珠樹さん

ナンバーで「スポーツ惜別録」を連載されている阿部珠樹さんがお亡くなりになった。病気のためここひと月ほど休載になっていたが、よもやこんな急にお別れしなくてはならないなんて。

直接お会いしたことはなかったが、文は人なりで、阿部さんのお人柄に親しく接していた気がする。このブログで何度も告白しているように、わたしはスポーツに疎く、「スポーツ惜別録」でとりあげる人(阿部さんは競馬好きなので馬も多かったし、他には球場や漫画の連載の最終回をとりあげたこともあった)の半分も知らないのだが、毎回きっちり読み応えがあった。第52回 落ちない」大宮が、無念のJ2に降格。最終節に未来を見る。第53回 めぐり合わせの不運。ミホシンザンはなぜ、「谷間の馬」だったのか。第54回 川風で鍛えた美声。立呼出・秀男は「時代の子」だった。第55回 グラウンドの中でも外でも頑固で一本気。大豊泰和の不器用な人生。第56回 厳しさと優しさと。”極限の3試合”を戦い、日本柔道を守った男。第57回 薬物、マネーボール、日本人。“時代”と寄り添ったジアンビ。第58回 ずっと覚えていよう。後藤浩輝の笑顔と、見事な騎乗ぶりを。

阿部さんの視点で、引退や晩年の幕引きから見返すドラマには、おおげさなところがひとつもなく、とても好きな文章だった。文体にあらわれる体温やリズムが、こちらの気持ちまで整えてくれる。コラムでとりあげられたスポーツ選手が解説者になって、テレビにでているのを見かけると、自然に応援したくなるのは、あきらかに阿部さんの文章を読んだせいだと思う。

惜別録なので、時にしんみりとした読後感になることもある。ちょっとしたユーモアをそえるために私の場所が与えられていた。こういう時の気持ちはなかなか言葉におきかえられないが、どうもありがとうございました、と申し上げたいです。