一休さん
狂雲集 一休さんの詩の世界
俺の心は始めも終わりもなく迷いつづける
成仏しないのが人の本来なのだ
人は本来成仏するというのは仏の妄言だ
人はもともと道に迷うものだ
俺の生涯は情交を夢見るだけ悲しいことだ
乱れ散る煩悩の紅い系が脚に縫い付く
狂い雲が月を隠しあの妬月子を恋しているのが恥ずかしい
白髪頭がもう十年も秋風に吹かれている
これまでの凡とか聖とかの差別の考えや
怒りや傲慢のおこる以前のところを今気がついた
そのような羅漢の私を鴉は笑っている
道は国清寺に通じ俗塵が多く
箒で掃いている寒山に誰も何も云わない
詩人も寒山の心を理解せず
吟じた後に秋の月がぽつりと光っている
どうだここには凡と聖とが同居してるじゃないか
だが毛むくじゃらな獣と仏の区別は明らかだ
皆して今宵ぐっすりと眠っている枕元には涼やかな風が吹いている
松風は太古の昔から音を立てているが気にしていない
俺は夜毎に女との情交を夢見る
蘇軾 黄庭堅や 李白 杜甫は好ましい詩を吟じている
もし淫欲を昇化して雅やかな風流に換えるなら
それは無量の黄金に値する
一管の尺八は悲しみを伝えて心は堪えがたい
辺境に吹く胡人の芦笛の調べが偲ばれる
町中で吹く尺八の音は何の曲か
禅門に一緒に尺八の音色を語り合う友はいない
昨日は俗人今日は僧
いい加減なのが俺の生き方だ
僧衣を着ながら中身は名利の欲が多い
俺は子孫が大燈国師の法脈を絶やすことを願う
詩人の手立てを誰が思い計れようか
道を説いたり禅を語るのに舌は長すぎる
一休は生まれついて殊勝らしさが嫌だ
仏前の抹香の臭いには鼻を顰めるほど閉口する時がある
天竺から西来した達磨は心のままに旅をした
あちらこちらで世間の非難を浴びた
インドでも東土でも名声高かった
しかし足の向くところ芦の花にそよぐ涼やかな風に軽やかだった
愛の思いが胸を苦しめる
詩も文も忘れてしまった
俺には悟りへの道はあっても仏道を求める心はなかったのだ
今それでも一生が煩悩の中に沈みこんでしまうことを悲しむ
陶酔境の藁屋が私の住み家だ
燈火に照らされて夜更けに美人と向きあうのだ
夜の雨も気にならず歌と笛を楽しむ
月の精の美人よ人間世界に堕ちてこい
人は誰でも牛馬など畜生の愚かさを具えている
詩文作りは地獄行きの作業なのだ
自分を偉そうに見せる苦心がそこにはある
注意せねばならぬすぐ近くに魔物がやってきているのだ
あらゆる山川は俺の住まいだ今年で五十歳を越える
さて因果に落ちるのか因果にくらまされぬのか
寝転んで思うのだがどうも歳をとった気がしない
夢の中ではまだ少年の時に読んだ本が出てくる
風姿と心は頌と詩にあり
輿に乗る邪慢の俺は、詩を吟じて髭を捻る
悪魔はなにからなにまで俺の筆に任せている
俺はもうだめだ地獄の猛火から出られないにきまっている
人形芝居の舞台に現れて
あるいは王族となりあるいは庶民となる
目の前に動いているのが木の切れ端であることを忘れ
愚かな人はそれを本当の人間の姿だと思ってしまう
無の中に禅はある
隻手音声
野狐禅