新・伊野孝行のブログ

2020.1.14

銭湯めぐり「黄富士薔薇湯の巻」

昨日の晩、給湯器が故障した。キッチンも洗面所もお風呂もすべてダメになった。シャワーも出なけりゃ、湯槽にお湯もはれない。給湯器の調子は年末から悪かった。
さてこまったこまったこまどり姉妹……真冬である。
晩御飯は天ぷらだった。キッチンには油まみれの洗い物の山。ヤカンでお湯を沸かして、水とチャンポンしながらなんとか洗い物を済ませる。
一息ついた後、近所の銭湯「月見湯温泉」に行こう。「月見湯温泉」は歩いて15分近くかかるが、ウチから一番近い銭湯で、名前の通り温泉を引いている。たま〜に行くが結構気に入ってる。

この前行ったのは夏だった。

凶悪な刺青を入れた若いチンピラとごく普通のカタギの若者が、湯槽に腰掛けたまま、ずーっと話し込んでいた。話が止まらず、笑顔が絶えない。なぜ話が合うんだ。仕事の話をしているようでもある。凶悪な刺青男も今はカタギなのかもしれない。

水風呂からザブリと出てきたオッサンは、身長が190センチ以上あった。そのまま洗い場スペースに移動すると、その場でおもむろに腕立てをはじめた。
めっちゃジャマ。

高温度の浴槽にはタコ坊主のようなオヤジが手で耳栓をして、目と鼻と口だけ水面に出して熱湯の中に沈んでいた(そんな入り方あんのんかい)。

そんな雑多な銭湯の情景を、風呂と水風呂に交互に入りながらぼくは眺めていた。
水風呂といっても25度くらいあるので、最初こそ冷やっとするものの、慣れれば火照った体の熱を中和してくれるようで、なんというのか温度というものを感じないような、体内と水温が混ざり合って一体となるような心地がするのである。風呂と水風呂を交互に入るとどんだけでも入れる。40分くらい経ったので風呂から上がった。

帰ろうとすると雨が降っていた。20分くらい待って雨が止んだ。
その時気がついたのだが、若いチンピラたちや、大男や、タコ坊主はまだ風呂から出て来ていない。よき銭湯は確かに極楽である。

……そんな夏の「月見湯温泉」を思い出すと、今晩は冬の「月見湯温泉」を楽しむのも悪くない。念のため定休日をネットで調べておこうか。
〈1月2日から1月31日まで、ボイラー等の修改善のためお休みさせていただきます〉
!!!!
またしてもピンチ。

仕方なく一駅先の明大前の「M湯」に行くことにする。「M湯」の前はよく通るが、一度も使ったことはなかった。
ロッカーでセーターを脱ぐと、ムッと揚げ油の匂いがした。不思議と着ている間は感じなかったのに。
風呂場に入ってみると、古いわりには綺麗にしてある。浴槽は二つだけ。ごくオーソドックスな昔ながらの銭湯といった感じ。
お湯がしそジュースみたいなピンク色だった。壁には富士山が描かれていたが、お湯以上に驚いたのは富士山の雪の部分がイエローだった。ピンクのお湯とイエローな富士山。絵には「令和元年10月25日」とサインがしてあった。新作か。
「M湯」のシャワーがとてもぬるい。ジャンル的には「冷たいお湯」になると思う。ここのボイラーも要修理かもしれぬ。湯槽のお湯はちゃんと熱いが、水風呂がないので、交互に入るやつができない。のぼせるのでそう長くはいられず、25分で出た。

帰りに番台のおばあさんに
「お風呂のお湯が赤いのはなんでですか」
と聞いた。聞き取れなかったのか、眉間にシワを寄せて「はぁっ?」と返された。ぼくの滑舌が悪く声がこもっているせいかもしれない。気を取り直してもう一度聞いた。滑舌に注意しながら
「お風呂の、お湯が赤いのは、なんでですか」
おばあさんは厳しい表情を崩さず
「ローズです、ローズ。入り口に書いてますから」
と答えた。
お金を払うときも、ボディソープを買うときも(月見湯にはシャンプー、リンス、ボディソープが備え付けだったがM湯はなかったので、服を着なおして買った)おばあさんの愛想はとても良かったので、あくまで自分の聞き方がいけなかったのだと思う。でも、あの顔が忘れられない。
それと、セーターを着た時に鼻についた油の匂いがまだとれない。
おばあさんの厳しい顔と油の匂いが記憶の中で結びつこうとしている。